子どものとき、学芸会で出番が迫ってくるとトイレに行きたくなった、などという思い出はありませんか?
緊張すると尿意をもよおすという現象は、 たいていの人が経験することですから、特別異常というわけではありません。
しかし、この心理的な緊張からくる尿意が酷くなると「心因性頻尿」と呼ばれる病気になります。
病院で各種の検査をしても尿路に異常が認められず、また神経学的にも器質的な疾患が見つからなかったにもかかわらず、尿失禁、頻尿、尿閉、排尿困難などの排尿トラブルがあることがあります。ここでは、そんな心因性頻尿と心因性尿閉について解説します。
目次
緊張や不安が原因の「心因性頻尿(神経性頻尿)」
原因不明の頻尿や失禁は、精神的なもの(心因性といいます)が原因になっているかもしれません。
精神的な緊張、不安が頻尿をもたらすことは周知の事実で、この現象は通常、病気とはいいがたいものです。
しかしながら、このような症状を訴えて病院を受診する人は多いといいます。
心因性頻尿は女性に多く、頻尿、尿意切迫感、ときに尿失禁も訴えます。下腹部、会陰部の不快感を伴うこともあります。
排尿前後に痛みを訴えて、いわゆる尿道症候群として扱われることもある。熟睡していれば、夜間頻尿はないですが、睡眠障害を伴うと夜間頻尿を訴えることがあります。
病院の診療ではまず、問診で詳細な病歴などが聞かれ、心因となることがないか探られますが、精神的なものと本人が気づいていないことも多いものです。
尿トラブルの検査(検尿、X線学的検査、排尿動態検査など)では通常異常は認められず、実際の診断では頻尿をきたしうる全ての病気が疑われる対象になります。
通常、失禁や頻尿に用いられる薬剤の抗コリン剤はプラセボ(偽薬効果)効果以上には期待できないといいます。また、精神的なことが原因のため、三環系抗うつ剤が有効な場合があります。
心因性頻尿の体験談
Aさんは、この1年近くほとんど遠出をしていません。バスや電車などの乗り物に乗ったり、広くない室内などに入ると、とたんに卜イレに行きたくなるのです。
母親によると、Aさんは、自分では意識していませんでしたが、子どものころから緊張するとトイレが近くなる子だったそうです。幸い、中学から大学にかけては特にそのような傾向もありませんでした。
しかし、就職活動中のこと。面接先へ電車で叫かう途中、「面接中にトイレに行きたくなったらどうしよう」となんとなく不安になり、いったんのった電車から降りてトイレに行ったのがきっかけでした。
翌日からは、電車に乗る前に必ずトイレに行くようになりました。そのうち車内でも頻繁に尿意を感じて、 途中下車してトイレに行くはめに。就職してからはさらにひどくなり、映画館やエレべー夕の中でも急に尿意を感じるようになってしまったのです。
半日程度の買い物で10回以上トイレに行ったこともありました。こんな調子では電車での通勤もままならず、「トイレに行きたくなったらどうしよう」「何かとんでもない病気ではないだろうか」という不安が大きく、休んでしまう日もあります。
不思議なことに、家にいる間は尿意は正常で、夜もトイレのために起きることはありません。
「このままではふつうの生活に戻れない」。
家族に励まされ意を決したAさんは、恥ずかしさを何とか乗り越えて、女医さんがいるという総合病院の泌尿器科を受診しました。やさしそうな先生にこれまでの経過を話したところ、尿検査、、残尿量を調べる超音波検査、 そして「婦人科の病気が原因になっていることもありますよ」ということで産婦人科の内診を勧められ、診察を受けることに。
その結果、「体に特別な異常はないようですね。頻尿になったきっかけを伺っていると、不安 な気持ちから起きる心因性の頻尿のように思われます。まずは、排尿日誌をつけてみて、状況を把掘しましょうか」 と先生。病気ではないことにとりあえず安心したAさんは、排尿日誌をつけてみることにしました。
すると、家だけでなく、職場でも実際には思っていたほどトイレに行っていないことがわかりました。不安な気持ちから、トイレの回数を多くイメ—ジしていたようです。
その後の診察で、Aさんは心因性の頻尿と診断されました。現在は不安な気持ちをやわらげる薬を飲みながら、カウンセリングを受けています。
最近は通勤時問くらいなら電車に乗れるようになり、「また、遠くまで遊びに行きたいな」と久しぶりに前向きな気持ちを抱いています。
尿が出にくくなり失禁する「心因性尿閉」
心因性尿閉は若年から中年の女性によく現れる病気です。尿閉とは尿が出なくなる事で、これも精神的な緊張や不安が原因で起こります。
急性の尿閉(一時的な尿閉)から慢性的な残尿、あるいは溢流性(自分で尿を出そうとしても出にくいにもかかわらず、膀胱にたまった尿が意に反し少量ずつ漏れてしまうこと)の失禁で発症することもあります。
長期の慢性尿閉では、尿路、膀胱に変化をきたすこともあります。
①外尿路括約筋への刺激が過剰であって、排尿準備が完了しているのに、外尿道括約筋の弛緩が起こらない。
②脳幹部から膀胱体部への自律神経への抑制のために、排尿筋の十分な収縮が起こら
ない。
上の2つが原因で心因性尿閉が起こるとされています。心因性尿閉は細かな診断が必要であり、精密な病歴が必要とされます。
病歴では、尿閉を起こしうる器質的下部尿路通過障害がなく、どちらかというとヒステリ一性格であり、明らかな心因(精神的な不安など)があること、などであれば心因性尿閉の疑いが強くなります。
夫婦間の性的葛藤の有無や、器質的精神疾患(精神分裂病やうつ病)が心因性尿閉の引き金となることがあります。
心因性尿閉は泌尿器科的な治療のほかに、精神科、心療内科などで心理療法が必要とされることもあります。
心因性頻尿(精神的なものかどうか)の見極め
心因性の頻尿では、まずほかの病気が原因ではないかどうかを見極め、必要に応じてカウンセリングなどを行います。
この際、排尿の実際の状態をお医者さんと患者さん本人が理解するために、排尿日誌がとても重要です。
もし思い当たるふしがあるようでしたら、病院に行く前にご自分でつけてみてはいかがでしょうか。トイレに行くたびに回数、尿の量を書きとめるだけの簡単なもので構いません。
それだけで過大な不安が解消され、症状が軽くなる場合もあります。
症状が頻尿だけで、尿が残っている感じや、尿を出しているときの不快感がない場合は、特に精神的なものから起こる心因性の頻尿が考えられます。
心因性の頻尿の埸合は、夜寝ているときやリラックスしているときには症状はありません。
しかし、トイレの回数が極端に増えれば、仕事や日常生活にも影響が出てきてしまいます。
安易に心因性頻尿と決めつけてはいけない
自分で心因性の頻尿だと思っても、ほかの病気があることも十分に考えられます。
安易に心因性の頻尿だと自己診断してしまわず、尿の検査や残尿の検査など、一度きちんとした診察を受けておくことをお勧めします。思わぬ病気が隠れていることもあります。
診断の結果、心理的な問題が原因であることがわかれば、カウンセリングなどを受けたり不安を抑える薬を飲むことになります。
心配するような病気でないことがわかれば、それだけで気分が軽くなり、症状が改善することも珍しくありません。